神界とは?―神道とは?―内なる神とは?
では皆さま、次は『神』『神界』に関して、ともに探求していきましょう!
『神界』とは? 神道とは? 内なる神とは?
これもまた、知っているようで知らない。分かるようでわからない。
身近なようで・・・? という感じではないかと思います。
スピリチュアル・ハイラーキーのコンテンツで我々は、
スピリチュアル・ハイラーキーやアセンションに関する真のマニュアル、
そしてその体系が記された書物のようなものは、
これまでには、ほとんど地上に無かったというお話しをしました。
そして、『神界』、『神道』に関しては、ことさらにそうであると言えます!
それがまさに『神道』たるゆえんであると言えるのです!
そこには様々な理由があります。
その主たるものには、真の『神道』というものが、「奥義の中の奥義」として、
特に有史以降、一般からは隠され、大切に護られてきたということがあります。
『神道』とは、「神への道」です。
「神道」は、他の宗教とは様々な点でまったく異なっています。
神、そして神道とは、日本人にとっては大宇宙であり、大自然そのものであり、
そして同時に古来からの身近な生活文化であり、風習そのものです。
人々は、様々な節目に神社に参拝します。
では、『神』という存在は、いったい何者なのでしょう?
『神』とは、宇宙万物の、創生の源です。
『神』とは、宇宙万物の、生みの親です。
そして、『神』が宇宙万物の生みの親であるならば、
我々という存在は、紛れもなく、『全きその子供』です!
そして『神』と我々が『全き親子』であるならば、神と我々とは、
それほどかけ離れた存在ではないに違いないと言えるでしょう!
「神道」。
そしてあらゆるすべての「奥義の中の奥義」とは、
『上にあるがごとく、下にも』。
そして(イコール!)
『内にあるがごとく、外にも』
というものであると言われます。
それを表すのが、「中今とは!?」のコンテンツで描いた、
「ピラミッド」と「マルテン」の図です!
この奥義は、宇宙の創始から存在しており、地球の超古代にも存在していました。
『上にあるがごとく、下にも』は、ヘルメス神(マスター・トス)の言葉とも言われ、
古代アトランティス時代からの高次の奥義でもありますが、
実はこの言葉は、もうひとつの言葉と併せて『対』になっているのです。
二にして一なり、不二なのです。
※そのもうひとつの言葉は、後年、特に有史以降、物質文明と
その支配を拡大していこうとする存在たちによって消されました。
◎『対』となるもうひとつの言葉とは、「マスター・トスの言葉」にありますように、
『内にあるがごとく、外にも』 です。
そして本当は、キリストの時代にも、「奥義の中の奥義」として、
『内にあるがごとく、外にも』について伝えられていたのです!
◎この『内にあるがごとく、外にも』の『内』とは、『内なる神』を表します。
この『内なる神』は、地上においては、最近では特に一九七〇年代頃からの、
古今東西の愛と光と叡智を統合した「ニューエイジ」、
そして一九九〇年代頃からの「アセンション」に関わる情報の中で、
アセンディッド・マスターによって伝えられ、そして復興されました!
そしてそれこそが、宇宙創始から普遍のものであり、
あらゆるすべての本源であり、究極のポータルなのです!
地上の皆さんは、やっと今、そこまで還ってきたのです!
『神界の親子』。『上にあるがごとく、下にも』。『内なる神』。
これらについて観てくると、神と人との真の関係性というものが、
おぼろげに観えてくるのではないでしょうか!
そして、真の親である神々の、創始の願いが!
宇宙の誕生。生命の誕生。そして『人』(霊止、日戸)の誕生!
その時の、神々の願いが!
・・・それは、すべての親と子の関係性と、まったく同じものでしょう!
すべての親の願いと、まったく同じものでしょう!
『神は、自らのひな型として、人を創造した』。
まったくその通りであると言えるでしょう。
そして神が我々の親であり、「元型」であるならば、
その子供たちが、悠久の進化・成長をへて、
自らの『親』の姿へと進化していくということは、
全く自然なことであると言えるでしょう!
このように観てくると、
さきほどの「意識の進化の図」のように、
アセンディッド・マスターや高次の存在とは、
宇宙の進化の中における「先輩」であり、
神という親を中心とした宇宙大家族の兄弟姉妹である
ということが分かるでしょう。
そして高次の存在も神も、かけ離れたものではなく、
「自身の延長」であり、
【進化の目標】である、ということも分かるでしょう!
そしてこの宇宙の中におけるあらゆるすべてが、
この宇宙の全き一部であるように、
あらゆるすべては「大いなる源」、
『神』の一部であるということが分かるでしょう!!!